ズレていく感覚

日記 No Comments »

高校時代の同級生の結婚式で、同級生数人と久しぶりに会う。
みんなそれぞれキャラクターや癖は変わらないが、少しずつ感覚的なズレを感じている。

それぞれの立場で、それぞれの人生を、それぞれの価値観や考え方で判断してきたのだからそれは当然だ。
そう考えれば、小さくて気にしなくても良いほどのズレだが、そのズレが年々大きくなっていくことを感じる。
自分だけが変わったのかもしれないとも思うけれど、そうでは無い気もする。

ズレが悪いとかではない。それは当然のことで、変化というよりも現象だろう。
ただちょっと気持ちが暗くなる。昨日はそんな夜だった。

時代劇・捕物帳にハマりはじめています

日記, No Comments »

Androidアプリの「えどたん」が9月末まで無料でプレイ出来るために遊んだ結果、前から好きだった時代劇・捕物帳にはまり始めています。
折しも、今TBSで16時から大岡越前の再放送をやっていたり、小石川養生所の医師・榊原伊織を演じた竹脇無我さんがお亡くなりになったりと話題になったりと、自分に時代劇・捕物帳を見ろとでも言わんばかりです。

そんな中、「半七捕物帳」という捕物帳の元祖たる時代小説を読もう読もうと思っていて忘れていたのを思い出してしまいました。

読んでみると、えどたんで学んだ江戸の知識などをバックグラウンドにして、理解できる部分が多くあり、まるで「えどたん」は「半七捕物帳」を読むための予習だったかのようです。

名作と言われるだけあって面白いので、興味がある方は「えどたん」と一緒にぜひ。

各種ダウンロードリンク

Android版は、こちらに詳細+リンク

えどたんのアイコン
えどたん
開発者:株式会社カプコン

iPhone/iPad版もあります(こちらは、2話まで無料。3話〜最終話が600円[アプリ内決済]です)

えどたん App
カテゴリ: ゲーム
価格: 無料

半七捕物帳〈1〉 (光文社時代小説文庫)
岡本 綺堂
光文社
売り上げランキング: 20190

やる気のスイッチ!にある「思い出は『良かった事』に置き換える」について

日記, No Comments »
「やる気のスイッチ!」表紙

やる気のスイッチ!」という書籍によれば、過去の自分(記憶)が、未来の自分(希望)今の自分を邪魔するという。

思い返してみれば、確かにそうだ。

この指摘をみて、思うことが2つある。

1.過去の自分(記憶)は、おもいっきり自分を邪魔している
2.未来の自分(希望)は、いつも自分を励ましている

ネガティブなのか、ポジティブなのかわからない。だが、この本の趣旨に沿って、自分は「実はポジティブだが、過去の記憶についてはネガティブなものばかりを捉える癖がある」ということにしておこう。実際、無理が無い解釈だと思う。

なぜそうなったか?を考える

思えば、過去の記憶についてネガティブなものばかりを捉える癖ができあがったのは、小学生の低学年の頃のように思う。小学生の頃は、毎日がイヤでイヤで仕方が無かったし、学校がイヤでイヤで仕方が無かった。
常に抑圧状態にあって、時たま起こる記憶の出来事は悪いことが多すぎた。学校がイヤな自分を正当化し、学校の規則や大人の押しつけるルールに刃向かう自分を正当化するために、「ほら、学校ではこんなイヤな記憶しか無いじゃないか」「ほら、まじめにやってもこんな風に裏切られたじゃ無いか」と自分を毎日正当化し続けていたような気がする。

時たま起こる記憶の出来事は、確かに悪いものが多い。実際にイヤなことばかり起きていた。客観的に記憶を振り返ってもそう思う。記憶は改ざんされていくものだということは、法学・刑事訴訟手続などを学べば当たり前のこととして分かるが、それを差し引いてもだ。

それら悪いことが、今の自分の猜疑心や慎重さなどを形成していることは否定できない。そのおかげで助かっていることもあるだろう。だが、人格形成に資する要素か否かという次元と、今の自分を邪魔する記憶を排除するということはまた違う次元なのだ。

過去の記憶は、もう十分振り返った。あの時、あの頃の自分にはどうしようもなかったし、戻りたくても戻れないし、あれらの記憶からは十分に学んだのでは無いか。今、たった今、そう思った。

もう一つの大きな記憶

大学に入ってすぐに高校の時とても好きだった子にフラれたのは、自分にとって非常に大きな出来事だった。その悪い出来事の裏で、自分を励まし、新しい価値観をたくさん教えてくれた人もいた。

それらを総じて見れば、それは決して悪い記憶では無いのでは無いか。フラれた記憶が強烈で、自分がかわいそうで、そんなかわいそうな自分に酔いたくなるのは分かるが、もう思い返すのは止めよう。思い返しても仕方が無いことだ。

一つスッキリ。こんなスッキリが詰まった本

こうして一つ、今の自分を邪魔する原因を除去できた。「やる気のスイッチ!」は、良書だと思う。分量も少なく、あっという間に読める。とはいえ、書いてあることは深く、人によりとらえ方があるようにも思える。答えはその人の中にあり、それで良いと思う。

やる気のスイッチ!
やる気のスイッチ!
posted with amazlet at 11.08.22
山崎 拓巳
サンクチュアリ出版
売り上げランキング: 1581

この世はすべて「期待を裏切らないということ」が重要?

日記 No Comments »

期待を裏切られることはよくある。あらゆる側面でそうだ。お店のサービスや、好きになった子の思わぬ行動や、アイドルの熱愛報道などがそれにあたるだろう。
われわれは、あらゆるものに「期待」をかけ、その期待に応えてもらえたか否かをあらゆるものを判断する基準に使っているといえる。「期待をかける」というと恩着せがましく聞こえるが、「信頼する」という言葉にすれば聞こえがいい。もっと厳密に正確に言えば、「信頼を押し付ける」とでも言うべきか。

恋人が別れる理由、夫婦が離婚する理由、従業員が辞めていく理由、お店から客が離れていく理由、それらは極論すれば、「期待に沿わなかった」という事象に結論づけることができる。

私には、7年付き合って同棲している彼女・婚約者がいるが、よくよく考えてみると、彼女は期待を裏切らない。私の彼女に対して抱く期待を柔軟に察知し、それを外れたことをしない。恋人同士、夫婦同士がうまくいくかどうか、少なくとも続くかどうかは、相手の抱く期待を察知する能力とそれに応える、ないし外れない能力との相性によるように思う。

この世にある様々な商品・サービスもそうだ。「ものすごい!」「すごい!」と宣伝を打って、たいしたことないと期待を裏切ることになり、リピーターは来ない。逆に何もプロモーションしないのに価値がある商品は、クチコミなどで爆発的に普及したりすることがある。

イオシスという中古PC/携帯白ロムショップがあるが、「けっこう安い」というキャッチコピーを使っている。これは期待値を上げすぎずキャッチーなキャッチコピーで非常に上手いと思う。それなりに安ければ期待を裏切るということはないし、期待に応えられることが多く、ショップに対する信頼を生むように思う。

「相手の期待を察知する能力」と「それに応える、ないし外さない能力」この2つは、少なくとも現代日本で快適に暮らすためには必須の能力らしい。
でも、価値観の多様さが明確化してきている昨今、少なくとも人間関係においては、相手の期待に応え続けることは難しいし、それが自分にとって幸せかどうかはわからない。

そう考えると、「相手の期待を察知する能力」と「それに対して外さない能力」と「自分の価値観に反しないようにする能力」が、コミュニケーション能力と最近呼ばれるものなのかもしれない。

そんなことを考える金曜日夜。

勝間和代vsひろゆき(デキビジ)を見て

日記 No Comments »

勝間 VS ひろゆき 討論会 【ネットの匿名性】 【若者への起業促進】:【2ch】ニュー速VIPブログ(`・ω・´)

前々から、勝間和代さんがネットで実名を原則にすべきという提案をしていて、いったいどんな根拠・理由があってそんな荒唐無稽なことをやろうというのかとちょっとだけ興味があった。

で、テレビ?かなんかの番組で、元2ch管理人・ニワンゴ取締役ひろゆき氏との対談があり、その理由の一つが語られていた。

 

結局、よくわからない理由

その理由は、「ある発言について本人性を確かめる必要があるかないかという場面で、判断コストが違う」という話らしい。

これに対して、ひろゆき氏は、「発言主の名前が実名か匿名か(山田太郎か名無しか)によって、プロバイダにIPアドレスを投げて本人性を確かめるコストは全く同じで変わらない」と答えている。(もちろんその通り。)

勝間さんは、実名でとりあえず書いてあれば、それを元に実名かどうか判断が付けられる、もしくは判断コストが下がるというのだけれど、それがよく分からない。

なんで「発言する際には実名にして下さい」とお願いすることで、その「実名と入力された名前」が「実際の実名」であると思えるんだろうか。

ひろゆき氏は、「山田太郎と書かれていようが、名無しと書かれていようが、結局それが実際の実名であるか証明されていない以上、プロバイダにIPアドレスを元に情報開示を求めなければならない」という前提を「当然」だと思っていて、しかもそれを勝間さんも「当然」分かっていると思っている。

だけど、それを勝間さんがわかっていないのか、わからないふりをしているのか知らないけれど、どうやら分かってないらしい。

それとも、実名を求めるということとは別の本人性確認をするということなんだろうか。それとも、みんな正直に実名を書いている雰囲気だとか、他の情報との組み合わせである程度本人性が判断できるという曖昧なものなんだろうか。よく分からない。

私は完全にひろゆき氏に同意で、…同意でというか、事実として、「発言内容」ではなく「発言名義」は、論理などで嘘を嘘と見破ることが困難な以上、結局どのような名義で行われようと「本人性を確認しなければいけないときは結局確認するコストがかかるし、そのコストは実名を求めていようといまいと同じ」だと思うだけなんですよね。

私がそういう認識でいたので、なんで勝間さんは、実名を求めればコストが下がるという主張を取り下げないのか、取り下げずに、相手を(明確に)バカにする言葉を吐いているところを見て、「あれ?この人頭良くないのかな?」と印象を持った。

私は、ECサイト運営会社に勤めていたこともあるからわかるけれども、実名が前提の入力欄であったとしても、実名かどうかなんてわかりませんでした。実際、実名じゃなくても商品は届くし、カード詐欺の故意を持っている人が実名で書いて下さいと言われて実名で書くわけないですしね。もちろん、実名を求めれば、その入力された実名とクレジットカード会社が持っている情報との照合をかけて、本人性を確かめることはできます。ただ、その「カードを使った人」と入力された名前との同一性判断は、どうやったって出来ないわけです。ネット上の「実名」なんてそんなもんじゃないんでしょうか。
 

勝間さんの問題ではなく、台本の問題?

まぁ、勝間さんが私より頭悪いわけ無いので(本気でそう思っています)、ここらへんがテレビというメディアの限界なのかなとも思った。言わせたいラインがあるなら、台本を渡してこれでお願いしますとギャラを渡せば良い。
他方で、言わせたいラインに乗せられるように出演契約を結んでないなら、言わせたいラインに乗せられないからと言って、相手をバカにする発言はしない方が良い。それは説得力を失わせる。ここらへんは、まだテレビ出演経験が少ない勝間さんの反省すべき点なのではないかと思う。

個人的には、ネット実名性論議は、実名性にすべきだと言っている人たちの主張根拠で説得力があるものを見たことが無いので、勝間さんにがんばってもらって理由を聞きたかったのだが、ちょっと残念。

 

政治的義務とこの国の未来

あとは、幸福度を数値にしてそれを元にこれじゃ駄目だとか、社会構造を変えなきゃ行けないという話は、ひろゆき氏としても意味が無い気がする。ひろゆき氏が、普段から政治的な事柄について積極的に話をしているというなら話は別だが、別にひろゆき氏はそういうタイプではない。意見を求められたことに、ひろゆき氏が応える、それが本質や核心をついていることが多いから、また発言を求められている、それだけに過ぎない。ひろゆき氏は、社会を変えようとかいう扇動家ではなく、企画家、設計士なので、こういう問題が有って解決したい、どうしたら良いと思う?って聞かなきゃ行けない。でも、ひろゆき氏がその問題を問題と思わないなら答えようが無い。問題なら問題だと説得しないと。その説得を勝間さんは放棄して、「だめだこりゃ」とか言う。それじゃだめだろう。

個人的には、ひろゆき氏もそれなりに期待して出演したのでは無かろうか。彼はつまらなそうなところや利益がなさそうなところに出て行かないと思う。それなのにあんなこと言われて話も噛み合ってなかったわけで、ひろゆき氏の方が「だめだこりゃ」と思っただろう。共有して欲しい前提、価値観があったのなら、それについては事前に説明しておくべきではないのか。それとも、なにか根拠があってひろゆき氏がその前提・価値観を共有できると判断したのだろうか。そうではなかったのなら、そう判断した人の責任であって、呼ばれた当人に責任は無いのではないか。

それなら、幸福度数値が説得的だと思う人や、その幸福度数値を高める責任を持っている人と話をしないと駄目だと思う。政治家、官僚、就職できない若者などだろうか。

そりゃ、若い人の幸福度数値を高める責任は、民主主義である以上、すべての国民が負っているといえばそれまでだけど、でも自由主義と一緒になった民主主義って、そんなに厳密に政治参加する責任をすべての国民に課しているもんなんでしょうか。憲法でわれわれに投票の義務を課しているならともかく、むしろ間接民主主義をとっていて、権力と権威がある程度、分断されている中で、全ての国民に各種資料を見て考えて未来の全ての子供たちのためや国のために発言や提案を求めるというのは違うだろう。一人に出来ることは限られていて、忙しい人もいればゲームをしたい人もいる。それは当然で、その時間をわざわざ割いて来てくれた人に「だめだこりゃ」は無いだろう。それともひろゆき氏が「出たい」と言ったのだろうか?

 

勝間さんについて思うこと

本エントリーをここまで読めば分かると思いますが、上記リンク先動画の個人的な感想として、勝間さんの態度・発言がかなり不快だった。来てもらっておいて、「駄目だこりゃ」だもんね。。。
なんか、小難しい言葉を使って、分からない人を見下すって、「頭が良いと思っている頭が悪い人」が良く使う。男が女にそういうことをするのも良く見る。そういうのって、勝間さんファンが見たらがっかりするのではないだろうか。女性でパワフルな人ってそんなに多くないので、ちょっと期待してた私もがっかりした。

まぁ、気持ちは分からないでもない。私もパソコンのことを教える時に「ドラッグアンドドロップ」という言葉が通じない時、ちょっと困ったし。でも、それでその人をバカにするとか、「だめだこりゃ」と思う(あまつさえ発言する)のは違うんじゃないの、一人の人間として。「無知は罪」だと私も思うけれど、だから「無知なやつはバカ」とか「無知はやつと話をしてもしょうがない」とかは違う。

こういう一面を勝間さんが持っているということが分かったことが、とりあえず上記リンク先の動画を見て良かったと思えたことやね。

 

10/05/04追記

勝間さんがこの件についてブログにエントリーをあげました。

勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!: 2chはIPの開示に積極的であるというひろゆきさんの注目発言について
はてなブックマーク – 勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!: 2chはIPの開示に積極的であるというひろゆきさんの注目発言について

いや、あの動画の続きかと思うくらい、またなんかずれてますね。勝間さんは頭良いと私も含めてかなりの方が思ってますので、「ずれてる」んじゃなくて、「ずらしてる」ように見えるんですよね。

アンチ勝間さんだけでない層がコメントしてますし、日頃の炎上ともまた違う空気な気がしています。(私は炎上をほぼリアルタイムで見るのはこれで3度目なので気のせいかもしれませんが。)

やっぱり、こう世間一般の価値観が正しいとか、多数派だという意識があるとこういう風になっちゃうんでしょうか。最近の若者の消費行動や仕事に対する意識を批判する人たちと同じような若者との「意識のズレ」を感じてしまいます。

素直に謝罪して、支離滅裂で、最低な態度でしたと言うべきですよね。「あの議論はこういうことだった。あれでも価値があった。」なんて言ってたら、ますます支離滅裂です。

このエントリーを見て、がっかり感がさらに増しました。
若者の価値観や、他人の価値観を否定して、大衆の価値観を押しつける。それはまさに今、日本の若者が感じている閉塞感の一因だと思うんですけどね。

WP Theme & Icons by N.Design Studio
Entries RSS Comments RSS ログイン