セガ・チュンソフト発の、サウンドノベルゲーム『428』をバースディプレゼントしてもらった。買おうかどうか迷っていたのだが、思わぬ形で手に入った。プレゼントしてくれた人に感謝感謝。

この『428』について語るとき、やはり不朽の名作サウンドノベル『街~運命の交差点~』を語らざるを得ない。私は、以前借りてやったのだが、この『428』クリア後、もう一度やりたくなってたまらず購入した。(2600円した。やってみるとかなりの低解像度でびっくりした。PS1ってこんなものだったのか)

『428』と『街』の特徴は、サウンドノベルでありながら、単純な肢の選択のみで終わりではないということ。マルチフラグメントシステムといったり、ザッピングシステムといったりもするシステムがそれだ。複数の主人公のそれぞれの物語が、一つの舞台一つの時間軸で展開され、そしてそれが複雑に絡み合う。ある主人公の話が途中で立ち入り禁止になり、その話と絡み合う主人公の話の中のフラグを見つけ、立ち入り禁止を解除するという流れだ。

このシステムにより、単純に平行する物語を読み進めていくだけでなく、複雑に絡み合う物語を時間軸を含めた立体的なものとして把握することができる(しなければならない)。この場面では、この主人公はこう考え、こう行動していたという複数の視点で物語を楽しむことができるという複雑さに加えて、複雑に絡み合うが故に、一人の主人公の何気ない選択が、違う主人公の運命を大きく変えてしまう。(このような複雑な仕組みではあるが、操作としては非常に単純で、『428』の場合にはリモコン一つで完結している。)

すべての主人公を次の時間軸へ進めるために、適切な選択を追求し、運命の不可思議さを堪能できる。それぞれの主人公の立場や背景、人間性を無意識のうちに比較して把握することで、より深くその人の想いや台詞の意味を感じることができ、物語にも説得力が生まれる。そこに感情移入していくのだ。

この仕組みを実現し、それが名作になるためには、物語自体がよいものであることはもちろん、演出に一部の無駄も無いことが必要となる。そこにこのシステムの危うさがある。多くのゲーマーや制作者は、それに直感的に気づいている。だから、『街』は演出・ビジュアル面に多くの予算が投じられ、ユーザーは購入を敬遠した。おかげで、『街』は、後に着いた評価とは裏腹に予算の回収ができないという事態に陥ったのである。

一つ幸運だったのは、『街』は、名作とされたことだ。それも、ファミ通誌上もネット上の評価も、である。売り上げがさんざんだったにも関わらず、評価は常にトップだった。その点をみるに、サウンドノベル+ザッピングシステム+実写による演出は、ゲームとしては完成されていたということだろう。

同様の賭けを『428』でも行う。予算回収できるのか?という疑問符がネット上ではだいぶ出回っているが、そこらへんは不明確である。他方で、多くのユーザーが心配したのは、予算を抑えることによる駄作化である。正直、演出がダメなサウンドノベルは、わざわざサウンドノベルにする意味が無く、やり終えた後にこれでもかと言うほどそのゲームのイメージは悪くなる。小説で良いじゃんというつっこみとともにそのソフトはどこかに追いやられることになる。

では、『428』はどうだったのか。これがまたおもしろいのだ。『街』よりも完成されたシステム・グラフィックであることは間違いない。シナリオも、『街』ほどのコミカルさは無いが、それでも時にコミカルに、またシリアスに無理無く一つの線に物語がまとまっていく。『街』では、よく似た二人の主人公の話が途中で終わったりしていき、なんとなく話の線が細くなっていくが、『428』では、途中でエンドになる主人公も話しに絡んでくるし、また話の線が細くならないように、ごにょごにょだったりする。

『街』ゆずりのバッドエンドの多彩な内容もおもしろい。バッドエンドの中には、実に晴れやかな顔をしている主人公もいたりして、「バッド」じゃなかったりもするのもまたおもしろい。

全作『街』では、キャストとして、竜雷太・ダンカン・窪塚洋介・中越典子・お笑いコンビ「北陽」のツッコミ役の伊藤さんなど、なかなかの顔ぶれだった。今回のキャスト的には知らない方ばかりだったが、すべて納得のキャストだった。唯一、(本編ではないという点で)須賀健太君はちょっと贅沢だったようにも思う。(大塚明夫さんも違和感なかった。ボーナスシナリオで声優やってたのはびっくりした)

ボーナスシナリオの『カナン』編は、TYPE-MOONという有名なグループ?担当らしい。私は楽しめたが、賛否両論のようにも思う。単純にゲーム作品としてみる場合、アニメ画になった理由としては、カナンやアルファルドは非日常的な存在でアニメ画でも成立すると考えた点や、実写で描く場合の予算も多そうだというあたりが、アニメ画になった理由だろうか。その他、広告戦略などの要素を考慮すると、いろいろと複雑そうだ。

アニメによって描かれているという点や、シナリオの非現実感、声優起用によるメインシナリオとの乖離(イメージ面・テンポ面)が、残念だった。単品作品としてみたら、十分なサウンドノベル?ではないだろうか。

特典DVDもなかなかボリュームがあって楽しめた。ただ、ネタバレがある点や、キャラのイメージが崩れる場合もあるので、プレイ後に見ることを強くおすすめする。

また、さまざまな条件でクリア後に発生する隠しシナリオも見逃せない。本編では、嫌な奴だった堅い顔したアイツも、実は猫のかわいさにめろめろで、猫に「かわいすぎる!」とか言ったりして、笑えた。

しかし、おもしろかったな。

imgp0570組織の効率化のため、分業化、専門化が叫ばれて久しい。

自分も組織に属し、また組織の形作りに関わるバックオフィス部門にいるので、いかに組織を作り上げるのかは重要な課題となる。

そのような観点から、有斐閣アルマの「組織論」などを読み始めたりしているのだが、どうにも無味乾燥で進まない。

ちょびちょび読んでいるかたわら、「2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?」(西村博之著)を読んだ。その中で組織論的に大事と思える示唆があった。

それは、分業化がすすんでしまうと、組織全体に関わる問題が起きたとき解決できる人がいなくなる、ということだ。

その示唆をふまえるならば、ある程度横断的に全体を知っている人が複数人いることが、何か問題が起きたときのリスクヘッジになる。

しかし、専門特化することによる高効率化をすべて捨てるわけにはいかず、分業化を完全否定することは難しい。
そうなると、例がマイナーだが、ウィルコムのマイクロセル展開のように、複数の基地局が重なり合うような展開をしていくことが望ましい。

それには2種類の組織展開方法があるように思う。

一つは、専門分化した複数の部ごとに上位組織をつくり、その上位組織は、下部組織の業務を横断的に理解・把握するようにしておく方法。

もう一つは、上位組織を作ることなく、すべての部が、関連・隣接する部の業務を把握・理解できるように、人員配置・教育・研修を行うという方法。

両者ともにデメリットがあり、前者はヒエラルキーが発生してしまうのと同時に、そのような上部組織を作るのは人員配置・教育的に難しいという点。後者は、専門分化をある程度弱めてしまうので、効率は悪いといううえに、教育・研修コストも増える。

ただ、両者ともにメリットもあり、結局はどのような組織なのかによって適切な方を選択するしかないだろう。
その選択も難しそうだが…