「やる気のスイッチ!」表紙

やる気のスイッチ!」という書籍によれば、過去の自分(記憶)が、未来の自分(希望)今の自分を邪魔するという。

思い返してみれば、確かにそうだ。

この指摘をみて、思うことが2つある。

1.過去の自分(記憶)は、おもいっきり自分を邪魔している
2.未来の自分(希望)は、いつも自分を励ましている

ネガティブなのか、ポジティブなのかわからない。だが、この本の趣旨に沿って、自分は「実はポジティブだが、過去の記憶についてはネガティブなものばかりを捉える癖がある」ということにしておこう。実際、無理が無い解釈だと思う。

なぜそうなったか?を考える

思えば、過去の記憶についてネガティブなものばかりを捉える癖ができあがったのは、小学生の低学年の頃のように思う。小学生の頃は、毎日がイヤでイヤで仕方が無かったし、学校がイヤでイヤで仕方が無かった。
常に抑圧状態にあって、時たま起こる記憶の出来事は悪いことが多すぎた。学校がイヤな自分を正当化し、学校の規則や大人の押しつけるルールに刃向かう自分を正当化するために、「ほら、学校ではこんなイヤな記憶しか無いじゃないか」「ほら、まじめにやってもこんな風に裏切られたじゃ無いか」と自分を毎日正当化し続けていたような気がする。

時たま起こる記憶の出来事は、確かに悪いものが多い。実際にイヤなことばかり起きていた。客観的に記憶を振り返ってもそう思う。記憶は改ざんされていくものだということは、法学・刑事訴訟手続などを学べば当たり前のこととして分かるが、それを差し引いてもだ。

それら悪いことが、今の自分の猜疑心や慎重さなどを形成していることは否定できない。そのおかげで助かっていることもあるだろう。だが、人格形成に資する要素か否かという次元と、今の自分を邪魔する記憶を排除するということはまた違う次元なのだ。

過去の記憶は、もう十分振り返った。あの時、あの頃の自分にはどうしようもなかったし、戻りたくても戻れないし、あれらの記憶からは十分に学んだのでは無いか。今、たった今、そう思った。

もう一つの大きな記憶

大学に入ってすぐに高校の時とても好きだった子にフラれたのは、自分にとって非常に大きな出来事だった。その悪い出来事の裏で、自分を励まし、新しい価値観をたくさん教えてくれた人もいた。

それらを総じて見れば、それは決して悪い記憶では無いのでは無いか。フラれた記憶が強烈で、自分がかわいそうで、そんなかわいそうな自分に酔いたくなるのは分かるが、もう思い返すのは止めよう。思い返しても仕方が無いことだ。

一つスッキリ。こんなスッキリが詰まった本

こうして一つ、今の自分を邪魔する原因を除去できた。「やる気のスイッチ!」は、良書だと思う。分量も少なく、あっという間に読める。とはいえ、書いてあることは深く、人によりとらえ方があるようにも思える。答えはその人の中にあり、それで良いと思う。

やる気のスイッチ!
やる気のスイッチ!
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山崎 拓巳
サンクチュアリ出版
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